2013年5月27日月曜日

強くあれ。雄々しくあれ。

明日は祭日で休みの人が多いと思う。夫は明日出勤して次の火曜日に代替え休日を取ることになっている。私の病院の検査の関係でそのようにしてくれた。全身麻酔のため検査が終わった後の帰宅は誰かが付き添わないといけないとの事だ。住んでいるところが自分の地元だったりすると誰かがそばにいるが、寄留者の生活だと困ることもあるだろうと考えたりしたことがある。

人とのかかわりが大切なのだと思う。若いころには全く考えもしなかったような思いだ。

教会の姉妹は市内に一人娘が住んでいる。時間がないせいかあまり密な関係がないようだ。
彼女はシカゴ近辺に住んで40年近くになるから当時から長く住んでいる人たちを知っている。
私は残念ながら一か所に長い事住んだことがなくて、そういった人を羨ましく思う。以前いた福島は13年いたので一番長く住んだことになる。生まれ育った故郷よりも親しい気持ちがある。

明日は次の日の検査のために食事ができない。いままで長い事下痢に悩まされてきたが最近下痢から解放され、日々感謝している。それなのにわざわざ下痢状態にして腸をきれいにする。少々心配なのでイエス様にこの心配をゆだねる祈りをしている。また腹水がかなり溜まってしまったので午前中に、検査の前に抜くことになっている。一日だけ恐ろしい思いをするので幸いなのだが、一体どうなるかとサタンは囁いてくる。イエス様がともにいてくださることを感謝。
強くあれ。雄々しくあれ。っとヨシュアに語られた神様の言葉を受け取っている。

2013年5月23日木曜日

痛み

教会のある姉妹はアパートに誰かが侵入して悪さをしているとう確信を持っている。
明日以前レストランを経営していた時にお世話になった保健所の人に来てもらって水道水や部屋の空気の状態を調べてもらうことにした。
全く何の関係もない人の公正な意見を聞いてみたいと言う事だ。彼の意見で彼女の不安が解決すると良いと思う。

または事実彼女が不安に思っていることが事実であれば、それも、それなりの対応が必要になってくる。どちらにしてもイエス様の最善がなされるようにとても祈らされている。

いつもあまり平穏で何の問題もないと祈りまで真剣さ欠けてしまいそうなので、問題があることはイエス様の働きを見られるという恵みにあずかれることになる。感謝!

さて来週火曜日は全身麻酔で胃カメラと腸内視鏡の検査になる。日本では麻酔をするとは聞いたことがない。アメリカではなるべく不快感を除く方針なのだろうか。クリニックへ行っても病院へ行ってもまずは痛いところはありませんかと聞かれる。痛みはなるべく我慢するというのが私の方針だ。気絶しそうに痛かった時は注射をしてもらったことがある。体は痛んでいるとそれを全力で直そうとするとの事で、痛みどめをするより早く治ると聞いた。10歳の時盲腸の手術で部分麻酔が効かなくて激しい痛みの中で看護婦に押さえつけられながら手術を受けたことがある。その元軍医はさすがに野戦経験があってとても腕の良い医者だった。色々な医者や看護婦がその傷跡を見てきれいですね、と言ってくれる。
何度も入院して、現在の痛みに関する理解は、痛いと言う事は何かがおかしいと言う事なのでそれで、
どこに痛みがあるかを確かめていると、理解できるようになった。遅らばせながらの理解。それも感謝。

2013年5月19日日曜日

need a new brain

シカゴはかなり暖かくなってきた。この春になって一度32度の気温になった。その日は家の中だったので外の暑さは感じなくて、長袖で過ごした。
このごろやっと気づいたことはPCを使っていても細かいところで変化が有ること。
ほんの少しやり方が違うようになっていたりする。
自分のPCだけの話でこれだけ違う。ましてや、色々出てくるガジェットの進化は大変な勢いで進んでいるようだ。私の場合は傍観しているだけ。買う費用もないので、必要品だけの世界だ。
教会の人はもっと単純に生活している人もいる。
現在のようにインターネットにかかわっているとものすごく時間がかかる。そんなためかクリスチャン番組では、たまには現代の便利さから離れて、静まってじっくりと主イエスとの交わりの時を持とうと言われる時がある。

私たちの群れでは祈りが基本であることを語られている。そして聖書の言葉もとても大切にしている。霊的な事を扱う教会では何しろ大牧者である神様に聞いて行動することが求められる。
私たちには絶対者である神が道を示してくださる。何という恵みだろう。

2013年5月4日土曜日

シカゴの春

さていよいよ春が来たといった感じになってきた。
2日前と昨日は初夏のような気温になった。そして今日は15度も下がって肌寒い。
雨が降っていた事と風が強かったせいだろう。

I姉妹と礼拝をまもって本当に恵まれた。彼女はアパートに誰かが侵入して悪さをしていると思っているので次回からは隠しカメラを使って証拠を撮ることになった。
誰かが映っていたらそれは犯罪だし、誰も映っていなかったら彼女の考えすぎだと分かる。どちらにしても何かがはっきりしてくると思われる。イエス様が事の次第をはっきりさせてくださると期待している。彼女は今のところに住むようになって9か月目に入った。その間ずっと危機感を持って生活してきた。イエス様のご介入があるように祈っている。

昨日大学のメディカルセンターからの電話で診察の予約があると確認の電話だった。来週だと思っていたので意外だった。初めて一人で片道2時間近くかかって行ってきた。歩けることを感謝し、体調が何とか大丈夫であることを感謝しつつ歩いた。普通の時だと何ともない事だが、今の私には大きなチャレンジになる。早朝の祈りの時から助けを求め、み言葉をもって宣言し、信仰の踏み出しだった。遠い場所での診察を受けるだけの事にこんなに大げさにならなくてもよい事だが、今の私にはこれだけの事が必要だと言う事が問題なのかもしれない。試練を通しての訓練で私は強くされている事を心から感謝。

2013年4月4日木曜日

執り成し

教会の姉妹がまだ風邪の症状が取れず体の調子が悪いと言っていた。昨晩から今朝にかけてかなりひどい下痢に苦しんだとの事。今は牧師の苦しみが分かると言っていた。私たちは自分で苦しむとほかの人の事も深く理解することができる。それにしても早く完全に癒されるように祈った。一か月前の検査を通して精密検査が必要と言われている姉妹だが医療は信じられないと言っていた。私の父、夫のおば、夫の友人、以前の教会の人の母、何人かの人は医療ミスで亡くなっている。検査とか手術とかの前はじっくり、しっかり祈って臨む事が賢明だと思う。祈りに耳を傾けてくださるイエス様に期待し、ゆだねることができ、最善をなしていただける大きな恵みがある。

さて明日はまた診察の予約がある。動きずらい体でバス、電車に乗って一時間かけて行かなければならないのでこれもまた祈りの対応で進んでいる。
もう4月になってかなり暖かになってきた。朝はまだマイナスの気温だが明日の最高気温は15度ぐらいにはなるらしい。そんな中私は体が温まらなくて室温18度ぐらいあるのに、すぐそばに電気ストーブを置きダウンベストを着、その上にダウンコートを着、時としてはアンカを膝にのせている。
それでも背中はひやひや、手も冷たい。どうしたのだろう??
ダビデ王のように年寄で体が温まらなくなったのだろうか?まだ彼よりは年齢が下なのに!

2013年3月27日水曜日

祈りによる癒し

先週二人の医師の診察を受けた。3月6日に腹水を5L抜いていただいたのでその後の診察だったので、何か良い知らせが待っているだろうととても期待していた。ところがお二人とももうなすすべがないと言う意見で一致していた。腹水を抜いていただいた後ももうすでに以前と同じほどの腹水が溜まり始めている。ただ腹水が溜まっているだけなのに、どうも体の調子が悪い。
自分の体調が悪いとほかの人たちの癒しの祈りのリクエストにも心がこもる。人間はかなり痛みに弱いものだと感じる。
他の教会の人で癌が転移して腰の骨の痛みに苦しんでいる兄弟がいる。どこからその癌が発生したのか検査中。そして治療には抗がん剤と放射線治療が始まる。もうすでにご高齢で痩せていらっしゃるから体にはかなりつらいと思う。数か月前に夫人を亡くされたばかりなので、ともに祈る人がすぐ近くにいなくてさびしいだろうと思いながら毎日祈っている。
愛に満ちたイエス様の癒しのみ手が置かれるように祈り続けている。
私は癒し主と言われる神様に願うことができる恵みを感謝する。

2013年3月22日金曜日

忍耐

2月3月と私にとってかなり厳しい状態が許されている。
リンパマッサージを始めてかなり良い方へ向かったが、浮腫の原因が分かっていないので又むくんできた。3月にはあまりおなかが大きくなったので息苦しくおなかの中が突っ張って痛くなってきた。
それで医師のオーダーで腹水を抜いてもらった。5Lも抜いたのでかなり楽になった。
明日は二人の医師との診察予約を取っている。腹水を調べて原因を突き止めると聞いているので期待している。
11月から外科にかかっているが何もよくなっていない。
私の最初の願いは医療ではなくイエス様の癒しを受けたいと願い祈ってきた。これだけ医療が発達しているにも関わらず残念ながら今のところ医療の恩恵は受けていない。この中にどんな恵みが隠されているのだろう。
マルコ書5章に12年間長血を患っていた女性が出てくる。彼女は自分の持ち物をみな使い果たしても何のかいもなく、かえって悪くなる一方であった、とある。同じ境遇のこの女性にとても親近感を抱いた。自分も同じように高額の医療費と時間をかけても何のかいもない状態だ。
ところが、イエス様に近づいて癒されることを期待したとき彼女は癒され、イエス様からは祝福の言葉をいただいた!〝病気にかからず、すこやかでいなさい。”彼女はこの祝福の言葉をいただいて安心して帰って行った。私にも同じ祝福の言葉が速やかに与えられるように期待している。